えこひいき日記
2001年2月6日のえこひいき日記
2001.02.06
雨である。冬の雨ではなく、少し春の気配を含んだ雨。
昨年5月から3度にわたり、スタジオのベランダは鳩のベビー・ラッシュだった。事務所の裏手が六角堂なのでもともと鳩の往来は多く、ベランダに置いてあるアイビーの葉がむしられたりとか、ハーブ類をちぎられたりとか、あったのだが、あるときに、なんか挙動不審な鳩がいるなあ、と思ったら、あっという間にどこからか細長い木の葉などをせっせと運んできて「巣のようなもの」を作ってしまった。ベランダの排水溝のくぼみの上に葉を敷いて「巣」にしてしまい、あらあらと思っているうちに、翌日には最初の卵が巣の上にあった。
聞きかじりなので定かではないが、フランスでは「あたりまえなことほどよくわからない」という意味で「君は鳩のこどもを見たことがあるかい?」という言い方をするんだそうだ。たしかに、よく見かける鳩たちは既にみな「おとな」で、いつ、どこで、どうやって、鳩は育つのか、謎といえば謎である。周りの人に聞いても「みたことない」という人ばかりだった。
しかし私はなぜか、鳩のこともには縁があり、鳩の巣と卵を見るのはこれが三度目。一度目は実家の木の上。2度目はニューヨークの隣人のベランダに巣を作ったのを見たこと。
だが、これほど間近で巣づくり、産卵、孵化、子育て、そして飛び立つまでを見るのは初めての体験だった。鳩は、一度に2個ほどしか卵を産まない。そのかわり、チャンスがあれば年に5回から8回も産卵をするのだそうだ。そのくらい、安心して巣を作れる場所を見つけ、こどもを育てるのは難しいことなのかもしれない。うちでも1回目に2羽、2回目に2羽、3回目に1羽(卵は2個産んだのだが、1個は腐ってしまった)の鳩たちがかなりのハイペースで巣立っていったが、巣立ちまでのプロセスはそれぞれ個性的で、1羽として同じではなかった。
あたりまえのように「飛べる」ように思える鳩だけれども、鳩が飛べるようになるまでの道のりはけして「あたりまえ」ではない。最初は小さな段差さえクリアできなかったこどもたちが、よたよたしながらも段差をまたぐことができるようになり、そして小さなジャンプができるようになり、やがてジャンプのタイミングと胴体のバランスをとることで「宙に浮く」ことができるようになり、そこに方向性を添加して、はじめて「飛ぶ」ことが可能になる。鳩たちの成長の様子をカラス越しに見続けて、私もやっと「飛ぶ」ということは「翼」だけの問題ではなく、胴体のバランスや、脚の屈伸のタイミングと翼を広げる動作の連動の方がはるかにポイントメイカーなのだと知った。はじめてのこどもたちが初めて宙に浮いたときには、こちらまで手をたたいて喜んでしまった。鳩たちの成長の記録はポラロイド写真とビデオに収められている。親鳥のけなげな世話の様子など、見ていて飽きないものがあった。
ベランダを貸した「家主」としては気がかりなことやひやひやしたこともいっぱいあったし、きれいごとだけじゃなく、足取りもおぼつかない子供たちの糞の始末など、私が全部するわけで、3度目のときにはいいかげん、どうしようかと思った。
ちょうど3度目の巣立ちが終わった後に、ビルの増築工事に伴う改装工事などがあって、鳩はこのベランダに近寄れなくなってしまったので、連続産卵記録は3回に留まったのだが、いまでも大きくなったこどもたちかな?と思える鳩がベランダで休んでいったりするし、今日のような雨の日には、「あ、卵がぬれないかしら」などと要らぬ心配をしてしまいそうになったりするのである。