えこひいき日記
2002年3月22日のえこひいき日記
2002.03.22
今年の桜はほんとに気が早い。このくらいの季節になると、事務所の近くの公園にある桜の木を見上げることで、近づいてくる春の足音を聞き取るわけだが、今年はギャロップしているみたいに早かった。そうした桜の責任ではなく、私は最近何かとあわただしい。しかし主観的には下手な泳ぎのように、ばたばたしている割に進まん、という感じがしている。その一方で、構想は用意しながらずっと書かないでいた「フローテーション・タンクについて」の原稿は実質3日ほどで書き上げてしまったから、遅いばかりでもないのだろうが(内容の充実度は一旦置くとして)、ある別の原稿などは、たいしたことじゃないのにある1行を書き上げるのに3日かかったりもした。その3日の停滞感の辛さが反動になって、タンクのファイルを書けちゃった感もある。
そういう「下手な泳ぎ」的停滞感というのは、じわじわ疲れる。そういうこともあって自分が悲観的になりやすくなっているのがよくわかる。道行くおじさんのいびつな笑顔が「自分に向けられたもの」のような気がする、というところまでは行かないけれど、そういうものを「目撃」することにいちいち感情が動き、反応しやすくなっている自分に気がつく。タンクのファイルにしても書きながら「あかんわ、こんなん」という気分になり、発作的に消去したくなったり、パソコンごと破壊したい衝動に駆られたりした。それをしなかったのは、それをしても「解決」にはならないことがわかっているからだ。一瞬の「気晴らし」にはなるかもしれないけれど、相当むなしいし。それとあと、そういう「積極的破壊行動」に出る前に、何かが壊れることの方が多いのだ、私の場合。例によって電球が何個か切れ、パソコンのスイッチが入らなくなったり、切れなくなったりするのだ。これと私のイライラの正確な因果関係は不明だが、ともあれ、これによって「気がそがれる」ことはたしかだ。「へこたれ度」は増加するが。
唯一の(?)気持ちの救いは、プリンが上手に焼けたことだ。私はカスタード・プリンが好きなのだが、最近作っていなかった。昔、ヨーロッパを旅行したときに毎晩デザートはたいていプリンだったのだが、土地やレストランによって風味が違って、毎日食べてもぜんぜん飽きなかった。
あの、プリンって、名前は同じでも作り方や味がいろいろだと思いません?子供の頃の「衝撃的プリン体験」は、なにやら粉末を溶かして冷蔵庫で固めて作るプリンが世間で幅を利かせていることを知ったときだった。私は一応、そのタイプのプリン以前に、祖母が蒸し器を使ってプリンを作ったりしてくれていたので、食べるときには冷たいプリンが製造過程から冷たいわけではないことは知っていた。子供心に「へー、冷たくして食べるけど、最初は熱いのか」などと感心し、「結果」の姿が「最初から」の姿ではないことに妙に感動したのだった。その後、何かの機会に「溶かして固める」プリンを食べて、「何、この味は」と思ったことがある。給食に登場していたプリンもこのタイプじゃなかったかな。カラメルソースの部分までゼリー化しているプリンを前に、「なんや、これは」と思ったことがある。『おじゃる丸』が喜んで食べているプリンも確かこのタイプなので、私は実はすごく悲しい。あれ、味は似ているけれど、「違うもの」だと思うー。広辞苑の権威をかさに着るわけではないが、ここにも「・・焼いたもの」と書いてあるんだぜ。
あ、ただ、イギリスで食されるクリスマスプディングとか、付け合せに出てくるプディングって、カスタード・プリンとプディング全般はすこし分けて考えたほうがよいかもしれない。
私の持っているプリンの本「James McNair’s Custards, Mousses & Pudding」にも、いわゆるカスタード・プリンはBaked Custardの一種として紹介してある。カスタードのお菓子には他にStirred Custardがあり、これは焼かない。ミルクや水に粉を入れて混ぜて固めるプリンに一番近いのはBavarian Creamというやつで、カスタード・クリームとゼラチンを合わせて固める。アガサ・クリスティの推理小説など読んでいると「トライフルTrifle」というお菓子が出てきて、注釈に「簡単なお菓子、駄菓子」みたいな書き方がしてあったが(確か、「お茶の子さいさい」「a piece of cake」みたいな表現でイギリスではtrifleという表現を使うと聞いたことがある)確かにカスタードのお菓子は材料もシンプルだし工程も複雑ではない。ただ、味はすごく深くておいしいと思うので「シンプル」であることを「つまらない」みたいに表現することには抗議したい気分だ。
最近私はオーブンの天板にお湯を張って「蒸し焼き」にするプリンの作り方をするのだが、この火の入れ方がプリンの明暗を分ける。あるレストランのシェフは3時間ぐらいかけてごく低温でカスタードを固めることで、とてもなめらかな舌ざわりのプリンを作ると聞いたことがある。蒸すとはやく出来るんだが(余談だが、先日鶏の手羽先の料理をどう調理するか迷って、ためしに蒸してみたら、短時間で骨の近くまできちんと火が通って、おいしかった)「甘い茶碗蒸」になりやすいわながある。私は3時間もかける情熱はないが、小1時間くらいかけるようにしている。卵とお砂糖とミルクという、実にシンプルで安価な材料で、その気になれば好きなだけ(!)プリンが食べられるというのはちょっとしあわせな気持ちになるのであった。