えこひいき日記
2003年3月27日のえこひいき日記
2003.03.27
校正原稿を発送。「賽は投げられた」といってルビコン川を渡ったのはアレクサンダー大王だったかと思うのだが、「もう、これでどないや~」という、やけとも開き直りともつかぬような勇気をもって、賽ならぬ「俵投げ」のような気持ちで原稿を宅配業者に渡してきた。ああ、しんど。ぜいぜい。
もうオソロシイから後ろは振り返らないのだ。(と、自分にいいきかす)
ところで先週は仙台出張だった。仙台は久々である。今回、東北大学関連の研究所にお邪魔したり、レッスンをしたりしていたのだが、仙台に行くといってみたくなるお店が何件かある。そして今回、また1件増えてしまった。
私のお気に入りのお店は繁華街・一番町にある。地元の方ならわかってしまうかもしれないが、「M林精肉店」という焼肉屋さんが好きである。関西で焼肉を食べようとすると、ホルモン、つまり内臓肉のバラエティーがあまりなく、ひたすら筋肉の部分を食べるしかないのだが、この店の内臓肉の品揃えはなかなか新鮮で素晴らしい。その名も「ホルモン全部のせ」というプレートがあって、いろんな内臓肉をちょっとづつ食べられるのが魅力である。サラダもおいしい。あと「Nスカ」というインド料理屋も好きで、大きめのスクリーンに映し出されたマサラ・ムービーの中で舞い踊るインドの美男美女を見ながらインド料理を食べるのはなかなか妙な気分で、よい。
しかし今回感動したのは、コーヒーなんである。今回初めて連れて行ってもらったお店で、「H珈琲店」という、これも仙台では有名なお店らしい。コーヒーの専門店で、ケーキとコーヒー以外はメニューになく、しかもストレート・コーヒーはミニマムで千円するというお店だ。店はなかなか繁盛していて、お待ちのお客が出ない程度に常にテーブルやカウンターは埋まっている。しかし店員さんの作法は非常に丁寧で、一回一回豆を挽き、香りを確かめてからコーヒーを淹れている。何か、コーヒーに携わることへの誇りを感じさせるような立ち振る舞いで、淡々とよどみなく、でもある種の緊張を感を持ってコーヒーを淹れ続けているのだ。ずらりと並べられたカップのセレクションも素晴らしい。
このお店の「水出しコーヒー」というのは本当にすごいと思った。これは連れて行ってくれた連れが注文した品で、一口だけ飲ましてもらったのだが、すごかった。「水出しコーヒー」はワイングラスに暖かくないコーヒーが注がれてくるのだが、一口含んだだけでくらっときてしまうほどだ。形容する言葉がない。ブランデーでも入っているのかと思うくらい、甘味があって、濃く、でもしつこくなく、薫り高い。本当に、上等のお酒を飲むようにちびちびと飲む感じのコーヒーなのだ。私は「ブルーマウンテン・ナンバー1」を頼んだのだが、マイセンのチューリップ型のカップに注がれたそれは、なんというか「育ちのよい」、嫌味のないおいしさのコーヒーだった。「ブルーマウンテン」の「ナンバーワン」は、まあ素人の私が素人チックに淹れてもおいしいコーヒーではある。しかし「おいしさを引き出すというのは、こういうことなんだな」という仕事が施されたそれは、そのコーヒーの持つ「素性」が嫌味なく浮かび上がる一品に仕上がっていた。ちょうど、素晴らしいインタビュアーにかかると、インタビューされる人が一人でしゃべる以上の言葉が引き出されたりして、視聴者によく伝わることがあるように、このコーヒーもまた、自らの「よさ」を喧伝するでなく、とても自然においしさが引き出されている気がした。
珈琲店を出てもコーヒーの余韻は続き、くらくらとしながら一番町をさまよっていたが、また仙台に行ったら行ってみよう、と思うのであった。