えこひいき日記
2001年7月2日のえこひいき日記
2001.07.02
最近クライアントと話していたりして、頓に思うようのだが、私は「小さい頃に抱いた疑問」をしつこく抱いたままおとなになった人間らしい。
「こどもの頃の疑問」は「おとな」に回答を要求しても、往々として「おとなになったらわかるよ」とか「さあね」とか「そんなこと言ってるひまがあったら勉強しなさい」とかいう返答しかえられずに、むなしい思いをして終わることが多いような気がする。さもなくば、自分の疑問をどのように「アウトプット」(言葉化)してよいのかがわからなくて、言葉にもしないまま、いつのまにか「終わって」しまう。
「こどもの疑問」がいつのまに忘却されるのか、よくわからないけれども、「疑問を抱いてもむなしい」という体験は、そのうち「疑問」そのものを敵視し、その発生を極力押さえるように自分をプログラムしていく。それが「おとなになる」ということの一つだとしたら、私はかなり「こども」な人間なのだろう。
しかし「こども」の定義ってなんだ?と改めて思ったりもする。(社会通念として「こども」が誕生したのは中世以降…とその昔、大学の社会学で習って、いたく感心したような記憶があるが、それはともかく)
多分、私が関心を持っているのは、「自己」とか「自己責任」と「こども」の関係である。
例えば、昔は16歳くらいで結婚することも珍しくなかった。何かの芝居のせりふにもそういうのがあったけれども、恋愛を知る以前に性体験をしたり、子供を生んじゃったりすることも珍しいことではなく、そういう人間は「こども」か「おとな」かというと、どちらかに分類されていたのだろう。
現在では16歳での結婚は親の承諾があれば可能だが(女性の場合)、そういうケースは数としてはまれで、その年齢の大抵の男性女性は「学生」をやっていたりする。
この「学生」と「こども」という概念が、妙に重なっているような気がするのである。つまり社会的に?生産層ではない「学生」は「こども」というあつかいで、「学生」は、「こども」、「こども」は「未熟」、ゆえにその人間の「自己」を認めてもらえない、という図式になりがちなのかな、という気がする。昨今少年法の改正問題が話題になっていたが、この「こどもあつかい」ゆえに「こども」の立場を逆手に取る人間が現れても不思議ではない気がするのだが、どうなのだろう。婚姻関係にともなう性体験なら、それが当事者にとってどういう体験であろうと、「淫行」とか「不純異性交遊」にならず、それ以外のことは全部「あやまち」扱いにするのも、なんだか私にはよくわからない。私自身は「その人」それぞれの選択として婚姻関係を祝福したいと思っているし、尊重もするが、しかし「婚姻関係」を「アンタッチャブルな人間関係」にしてきたことが、ドメスティック・バイオレンスの温床になっていることも無視できないでいる。
私を「わたし」とは見てくれない人が居ることを、最初に感じたのは4歳のときだった。その人は、私がどんなことを考え、何をしようと、私が「祖父の孫」でさえあればよいのだということを、はっきり感じた。私が「こども」が一種の「ブランド」であることを感じたのはそのときが最初だったのかもしれない。
もちろん、こんなふうに「言語化」できるようになったのはまがいなりにも私が「おとな」になってからで、その当時はなんともいえない気持ち悪い不安な感じ、としかいえないような感覚を抱くのみだったが、あのときの気持ち悪さははっきり覚えていて、今でも「ブランド」でしか私を見てくれない人の反応に接して、「ワタシ ハ ダレ ナノカ」と不安になったり、悲しくなったりする。「おとな」になったんで、慣れてはきても、消えはしない。
そのせいか、私はこどもを「こどもあつかい」しない。というか、言語表現はつたなくても、質問がよく意味がわかる場合が多いので、それに応えているだけなんだけれどね。