えこひいき日記
2001年9月3日のえこひいき日記
2001.09.03
今年もあと4ヶ月になってしまった。なんということだ(毎月言ってる)。
エンドレスに思えた夏も、やはり終わるものなのですね。今年の夏は、もう5月に入ったあたりから立派に「夏」してて、6月も7月も8月も毎日暑くて、なんだかこのままずーっと暑いのだろうか、と思えたのだが、そんなことはない。風やひかりは夏の終わりを告げている昨今なのだ。それに植物も。あまりの暑さに葉を落としていた蔦の葉がまた新しく出てきたり、活けた花のつぼみが開く速度がゆっくりになったり。はたまた猫の食欲が増したり。
そんな中、私のパートナーがダイエットを始めた。かなり立派なお腹になっていたので、よいことである。彼も私もものすごく食べる方なのだが(私はときどき300グラムのパスタをひとりで食べてしまうことがある)、「食」と「ストレス」の結びつき方が異なっている。私は最近では、ストレスを受けると食べるのを忘れ、彼はストレスを感じると食べてしまうのだ。
ちなみに、「ダイエット」とは単に「減食」という意味ではない。確かに実際の行動の方向性としては「減食」を通して体重や体脂肪を減少させる行動を取るわけだが、それが目的(ゴール)ではない。ダイエットとは、いわば「自分が自分でいられるための食事の仕方」を取り戻す作業なのだ。(「Diet」を辞書で引いていただくと「常食」とか「食餌」と出てくると思うのだが、私が思う感覚はこちらに近い。)失われた自分の「「常態の状態を感覚するちから」を「食」を通して取り戻す作業」と定義した方がタダシイと思う。
私自身もいわゆるダイエットを行って体重の増減を行った経験があるし、レッスンの中で「ダイエット」にまつわる思いや悩みをたくさん聞いてきた。自分がどこまで痩せられ、どこまで太れるのか「実験」してみたことがある。その経験から思うに、自分が自分らしい自分でいられないほど体重が増えてしまったり減ってしまったりしている「状態(とき)」というのは、何か別のことに気をとられているときだ。そういうときには食事をしてもそのものの風味を味わってはいない。感じていないから、その行為に満足もない。そういうことから食べ過ぎたり、食べなさ過ぎたりすることが多いようだ。
減量を通して自分を取り戻したいダイエットにおいて、私のおすすめは以下の2つ。
①食事という行為を楽しめるセッティングを怠らないこと
②自分の「感じ」以外に客観的なバロメーターを用意すること
である。
①は、例えば「ながら食い」をしないこと。ミーティングがてらやファースト・フードで「済ます」食事は避ける。それはカロリーの問題ではない。食事を「ちゃんとしたね」と思えることが大事なのだ。例えばテーブルクロスやお皿、そうした小物や、盛り付けに手を抜かないこと。最初はなれないかもしれないけれど、手を抜かずにやってみて欲しい。そうすると、自分が何を「食べたい」のかが見えてくると思う。
②は、例えば、食事日記をつけて何を・どのくらい・いつ食べたのか、記録しておく。食事の感想なども書き込んでおくとよい。ダイエットには停滞期と呼ばれる時期がある。いわば、舟や車が方向転換をする際に一旦減速するようなものだ。その時期に感情的にあせってしまうと、せっかくの努力が水の泡である。「自分を感覚する感覚」を養うのも、ダイエットの「仕事(チャンス)」だ。自分のあせりや快感も「自分の感覚」なら、自分が選んだバロメーターを使いこなすのも「自分の感覚」なのである。自分の味方になってくれる「助っ人(バロメーター)」としては、体重計のほかに体脂肪計も用意するのも「手」だろう。