えこひいき日記

2007年8月20日のえこひいき日記

2020.08.20

初めて入ったお店で人違いをされてしまった。人違い。結構戸惑うものである。
先日ちょっとした手違いから外出先で2時間ほど時間が出来てしまった。なんぞ書き物をするなどの仕事をする手もあったのだが、なんとなくそんな気分にもならなくて、近くにあったデパートに入った。遅めの昼食をゆっくり摂って、それでもまだ時間があったので店内を見て回ることにした。そのデパートには初めて行ったので、何所に何があるのかもわからない。でも時間があるときにはそれも楽しい。エスカレーターで移動しつつ大まかにフロア案内を見ながら、気になったコーナーを見るともなく見て歩く。その中の、骨董品屋に入ってみたときだった。
店内には店主と思われる女性と、お友達か、常連客かといった雰囲気の女性2人がテーブルを囲んで座っていた。私は「おじゃまします。見せてもらいますね」の意味で彼女らに軽く会釈した。すると彼女らが口々に
「ほら、あの方が先日お話した・・・」
「まあ、あの方が」
「噂どおりの方ね」
「やっぱり、いつ見ても○○よねぇ」
などと話し始めたのである。
最初は自分のことだとは思わなかったのだが、店内は狭いし、他に客はいない。状況的に、どうやら彼らの言う「あの方」とは私のことを指しているらしい、とはわかったものの、なんとなく曖昧に骨董品を眺め続けていた。そのうち、私の反応の悪さゆえに人違いだと気がつくのではないかと期待してのことでもあったのだが、彼女らの中ではどんどん「あの方」の話が盛り上がり、こちらに向かって「ねぇ」などと相づちを求めてきたりするのである。うーん・・・この話題騒然の「あの方」というのがどんな人なのか、どのくらい私と似ているのか、気にならなくもなかったが、それを聞くにもまず「あの方」という方と私とが別人だとわかってもらわなくてはならない。しかし彼らは一向に気がつく気配はない。
結局、私は何も言わすに店を出てしまった。
私の行為により、彼女らの中で「あの方」は非常に愛想が悪い人になってしまうのだろうか。それとも、後日「あの方」が店に現れて、それぞれの記憶の食い違いなどから、その日「あの方」と思われていた人物は「あの方」ではないと証明されるのであろうか。それとも「あの方」と「私」とは、永遠に彼女らの中で混ざったままなのだろうか。謎ではある。

世の中には自分に似た人が3人くらいいるという。でも「あなたに似ている人が3人いる」といわれても即ち不安になることはない。なぜならその3人は似ているだけで、別の人物だと認識アイデンティファイされている、と思っているからだ。しかし似ている3人のアイデンティティがごちゃごちゃだったらどうであろう。なかなか怖い。そしてもしも、自分が「自分」であることを自ら他者に対して証明せよ、と迫られたとしたら、私は何を証拠として提示したらよいのかわからない。私は何をもってして私なのだろうか。
そういえばずっと以前に読んだ荒俣宏の『パラノイア創造史』にも、銀行に行ってサインをして現金を引き出すという行為「自己証明」をきっかけに人格が変わってしまう人物の話が出ていたが、その中で荒俣氏はこんなふうに書いている。
「もしかしたら本人を本人たらしめてしまうのは、その「他人のように似ていない写真」かもしれない。」と。
他者は、私をどうやって「私」と認識しているのだろう。私は他者の中でどんな「私」なのだろう。

いや、まてよ、考えようによっては、「私」という人間が独自の存在であるということ自体に誤りがあるのかもしれない。
例えば私は日本に生まれてあたりまえのように日本語を操っているが、日本語だって私が考え出したものではない。私が生まれる前に既に日本語は作られていて、誰かに教えられたこの言語の形式で、私は私の思考を紡ぐ。言語という形式が私という人間を作ってもいる。しかし日本語は私固有の要素ではない。他の誰かだって使っているものだ。だからこうして言葉が通じる。DNA鑑定をすれば、少なくとも物理的には私は私以外の人間ではない、という事が証明されるだろう。しかし双子はどうなんだ、という問題もあるし、第一「DNA」が「私」ではない。臓器移植や骨髄移植を行えば、血液型だって変わってしまうこともある。しかし血液型が変わっても、あるいは結婚や離婚によって姓名が変わっても、私が「私」であることは変わりはしない。
共通していても、共有していても、変化しても、変わらない・・・いや、変わり続けて存続する何か、それが「私」ということなのかしら。私にとっての「私」はそれで落ち着くかもしれない。でも、他者から見た私はどうなんだろう。それは本当に同一の「私」か。

デパートを出て道を歩いていたら、クライアントさんから声をかけられた。「後姿でも、すぐに先生だとわかりましたよ」とそのクライアントさんは言った。
やっぱり、よくわかんない。私ってどんな人間なんだ?!

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