えこひいき日記

2003年3月11日のえこひいき日記

2003.03.11

ローリング・ストーンズが来日公演をしている。私はいわゆる「ストーンズ世代」ではなく、CDを買って彼らの音楽を聴いたのは数年前に過ぎないのだが、なんとなく魅力的に思う。それは個人的な体験として、ミック・ジャガーとすれ違ったことがあるからかもしれない。

私がまだニューヨークに住んでいた頃、住んでいたアパート近所に有名なバーがあった。蝙蝠をモチーフに使った、ちょっと独特な内装のお店なのだが、出している料理はけっこう本格的においしかった。薄暗い店内でダンスミュージックを聞きながら味わうヌーベル・キュイジーヌはなんだか奇妙な取り合わせではあったが、なかなかよいのだ。ちょうどニューヨークに来ていた母や母の友人と夕食を食べていると、突然ウェイトレスが申し訳なさそうな顔でやって来て「ごめんなさい、今日は午後9時から貸切になるのですが・・」と言ってきた。つまり「9時までに出てくれ」ということなのだが、ちょうど食事も終わりかけていたし、大して困りもしなかったのでそう伝えたのだが、そのときのウェイトレスの様子で「誰か有名人が来るんだな」ということはすぐに察しがついた。「有名人との遭遇」は、ニューヨークでは珍しいことではない。私もデ・ニーロがスーパーから出てくるのも見たことがあるし、弟はホテルのエレベーターでデビット・ボウイと乗り合わせたことがある。私が知る限り、どの場合も大騒ぎになるようなことはなく、その場に居合わせた「市民」はごく上品に「スター」を無視する。といっても、しっかり意識はして見ているんだが。
「誰だろうねー」などといいながら、店を出ようとすると、外にリムジンが止まって、誰かが下りてきて、そのまままっすぐ店内に入ってきた。ちょうど店を出るために歩いていた私とすれ違うかっこうになったのだが、それがミック・ジャガーだったのである。細長いシルエットの男が、機嫌よさそうでも悪そうでもなく、浮つき過ぎない程度の軽さの足取りで店内に歩いていった。彼はそのとき50歳くらいだったと思う。でも私の受けた印象はとても「50歳のフェイマスな男性」のそれではなかった。言い方が変かもしれないが、何か不思議な生き物とすれ違った気がした。例えば、私の知る限り、「少年のココロを持つ男」というのは、まあ存在する。しかしその主体は「男性」であって「少年」ではない。「少年性」は、成熟した男性の持つイノセンスであって、けして「ワルガキ」の青々しさではない。でも彼はちょっと違っていた。貫禄はあったし、セクシーではあったが、熟した人間の放つ重みがない感じだった。あくまで私の印象に過ぎないが。そういう印象を与える人間を実際に見たのは初めてだった。すれ違っただけなのに、ちょっとドキドキしてしまった。こんな歩き方をする人間が、どんな声で歌うのか、私は始めて興味を持った。彼の名前は知っていたし、恐らくどこかで彼らの音楽も耳にしてはいたが、恥ずかしながら興味を持ってその名を思い浮かべたことはそれまでなかったのである。

コンサートには行かなかったので、テレビの画像を通してライブ演奏中のストーンズを目にした。いまやミック・ジャガーは還暦間近。しかしやはりそんなことは彼には関係なさそうである。

以前、突然「バーバーパパはどういう生き物なのか?」「なんなのか?」という疑問が涌いてしまって、誰かにそう口走ったことがあったのだが「ああいう、独自の生き物なのではないか」というお答えがかえってきて、妙に落ち着いてしまったことがあった。(ちなみに日本語の絵本では『おばけのバーバーパパ』となっているが「おばけか?」というとそれもなんだか妙な気がしてしまう)
バーバーパパとおんなじ扱いにするのもどうかと思うが、「ミック・ジャガーってなんなんだ?!」と思うよりは「ああいう、独自の人間」と思う方がしっくり来てしまう気がしてしまった。

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