えこひいき日記
お笑いとそれを見る体力
2004.02.16
昨日は名古屋音楽学校でのワークショップだった。初めての場所だし、初めてお会いする人ばかりで、しかもほんの短い時間だったが、楽しく仕事をさせていただいた。もちろん、伝え切れていないことの方が多いのだけれども、でもこの短い出会いが何かのきっかけになってくれればいい。
名古屋に行く前後も京都での個人レッスンが入っていたし、なんだかんだとばたばたしている日々だったのだが、名古屋に行く直前、ずーっと観たかったビデオを最後まで見てしまった。それは昨年の「M-1グランプリ」の録画ビデオなんですね。興味のない方には何の興味もない話だと思うのだが、「M-1」とは(多分「F-1」の語感を真似たのだと思うが)「漫才ナンバーワン」の略で、賞金一千万円をかけての漫才のグラン・プリなのだ。一位のみが高額賞金という恐ろしい企画で、2003年はこれが3回目。結成から10年目までのコンビやグループにエントリー資格があり、毎年ものすごい数の漫才師達が一位を目指して予選から勝ちあがってくるのである。
私にとって、漫才を見るのは体力がいる行為だ。真剣に見てしまうのである。「真剣」といってもしかめっ面で漫才を観ているわけではなく、腹を抱えて笑い転げるのだが、結構体力がいるのである。私は、本当に面白い漫才師をリスペクトしている。イギリスでは、コメディアンは医師と並ぶくらい尊敬される職業というが、個人的にその扱いに全く違和感はない。用意した「ネタ」が「うける」というのは、どの舞台に立つ人間にとっても命がけの行為だと思っている。ダンスや演劇や音楽と同じである。「笑う」という行為が楽しいせいか、お笑いはシリアスなものよりも軽く見られがちだが、笑いは笑いでも「笑われる」のと「笑わせる」のは全く違うことなのだ。「M-1」の予選を見ているとよくわかるのだが、毎年一次予選にはよい意味でも悪い意味でも漫才の常識にとらわれないニューカマーがたくさんやってくる。その中には未熟ながら面白いものもたくさんある。目新しさと、本気で緊張していたり、そのせいで挙動が不審になっていたりすることも笑いの誘引になって、結構うけるし、新鮮だし、印象にも残る。ただしこの段階では面白くても、危うい「笑い」なのである。「笑われている」のか「笑わせている」のかは微妙である。それでも面白ければいいといえばいいんだが、面白くてもそれがいわゆる「一発芸」では勝ち残れない。二次予選から先は「笑われる」人たちではなく「笑わせる」力を持った人たちだけが残ってくる。複数のネタを見せ、どのネタでも安定したコンビのカラーを出しつつ同時にマンネリにならず、それぞれのネタなりの違った魅力を出していけなければ、「漫才師」とはいえないということであろう。「漫才師」はただの「おもろいやつ」ではなれないんだ・・・ということが「M-1」を見ているとよくわかる。
そしてまた、「M-1」には私にとって気になる漫才師が出ていたので、余計気が張ってしまって、録画ビデオをなかなか見ることが出来なかったのだ。見るなら一気に観なくてはならない。それなりの心の準備というものが要る。
私は「笑い飯」のファンである。とはいえ「M-1グランプリ2003」の結果は既に知っていて、彼らは優勝を「フットボールアワー」と争って惜しくも勝てなかった。でも私にとって優勝は問題ではない(いや、問題ではあるんだけれども)。ファンとして最も気になるのは「質」の問題であった。2002年の「M-1」でも彼らは決勝まで残った。「やったー」と思ったが、しかし実力はファンの贔屓目で見ても不安定だった。すっごく面白いときと、「なんやそれー」といいたくなるような出来のときと、差が激しすぎるのである。彼らの漫才のスタイルはどちらかといえば「アブナイ系」なので、それとて魅力の一部ではあるのだが、しかし芸としての「アブナ」さと、芸の仕方が「あぶない」のとは本来違う問題なのだ。だから、ビデオを見るのにも気合が必要だったのである。1位は取れなくても、「質」が劣っていたらユルセナイ。へんな漫才されていたら、へこむじゃん。でもずっと気になっていた。
結果からいうと「笑い飯」の漫才のグレードは2002年の「M-1」よりもずっとよくなっていて、よかった。言葉で「よくなった」なんていうのは簡単だけど、「チェンジ」じゃなくて「アップ」を確実に行うことがどんなに難しいことか、私なりにわかっているつもりだし、「アブナイ」芸風を安定してはじけさすのがどんなに大変なことも私なりにわかるので、安心するやら感動するやらしてしまった。
というわけで気分よく名古屋に向かい、新幹線に一本乗り遅れたけれども車内では爆睡し、また京都で仕事をしたのであった。
今から今年の年末の「M-1」を楽しみにしている私であるが、しかし正直に言って、「笑い飯」に優勝して欲しいのか欲しくないのか、自分でもよくわかんないのである。ひねくれ者なのかもしれないが、彼らの芸風は「優勝」とかいうランキングできれいに計られて欲しくない(2002年3位、2003年2位、ときているんだぜ。きれいすぎるやーん)などと思ってしまったり、しかしその一方でいけるとこまでいってしまって欲しかったりする。ファン心理ってややこしいわ。