えこひいき日記

2001年8月10日のえこひいき日記

2001.08.10

先日、ニューヨークで建築家をしている友人がひょっこり京都に帰ってきた。彼の連絡はいつも突然で、去年在るプロジェクトに関わるのでオランダのロッテルダムに住むことになったときも、「今、オランダやねん」(基本的に彼は日本語は京都弁しかしゃべらはらしません)と携帯電話に連絡してきてびっくりした。今回は、オランダでの仕事を終えニューヨークに本格的に?戻る合間の帰国らしい。

オランダの仕事については神戸の某大学でもレクチャーをしてきたらしいが、行けなかった私のために再度内容を話してくれた。重いパソコンを背負って、わざわざたいへんである。しかし、話の内容はものすごく面白かった。詳しいことは、『建築文化』8月号に彼の書いた文章が載っているので、読んで下され。プラダの店舗デザインに関するお話です。

私にとって、最高にエキサイティングだったのは、今回の「ブランドの店舗をデザインする」ということが、「物で物を作る」のではなく(それに留まらず)、「行為をデザインとしてマテリアライズする」こと、という姿勢の一貫性である。(あくまで私の印象ですが。)ハーバード大学大学院で行ったという「ショッピング」に関するリサーチをもとに、綿密に打ち出されたレム・コールハース率いるOMA/AMOの「デザイン」は、単に「かっこよくて、目をひく店を設計する」のではなく「(建築家の?)独り善がりな実験」でもなく、「行為の意味の具現化」に他ならない。そういうのって、わくわくしちゃう。
都市生活者にとって「買い物」はもはや必需的な行為であり、何かを買わなくてはご飯も作れないわけである。そのような日常的な行為ほど「済まされ」がちになる(つまり、それを「する」行為に楽しみや意義を見出すのではなく、滞りなく「おわってくれる」こと、「済む」ことのほうが楽しみになってしまう)。そういう中にあってブランド品のショッピングとは、どのような行為になるのか。この点に関してOMA/AMOの姿勢はぞくぞくするほど明快なのである。

それにしても、友人がいきいきと仕事をこなしているのを知るのは、とてもうれしい。力が湧く。もちろん、ボスは(ありがちなことだが)生み出す作品は素適だが、人間的にはたいへんな人みたいなので、聞くだにオソロシイ苦労の数々もあるのだが、そういうストーム(嵐)にどうしようもなく巻き込まれつつも(一緒に仕事としてるわけですからね)彼なりの「浮力」を保ちながら仕事をしていることが嬉しい。
彼と私は職種も違うし、仕事的な協力関係も利害関係もないわけだが、そんなことよりも、彼が彼でいてくれることが私にとっては一番の力になる。お礼が言いたくなるくらい嬉しい。

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