えこひいき日記

2006年4月15日のえこひいき日記

2006.04.15

昨日、クライアントのI嬢のダンスユニットjadeの公演を拝見した。久々にすかっと「よかった!」と思える公演であった。もちろん、問題点や改善点が皆無というのではない。でもそんなことはどうでもよくて(それはあくまで今後のことだ)、公演という形で多くの人と向き合うためのパワー、チームとしてのまとまり、何かを自分達の手で作りあげようという意識の高さとセンスが出演者やスタッフに行き渡っていることがうかがえる良い時間であり、素敵な作品だった。
今回の作品『BLACK SWAN 黒い、白』はクラシック・バレエの古典作品『白鳥の湖』を下敷きにしながらも、単にその焼き直し、単なる御伽噺にすることなく、とても深い物語性のあるテーマをパンチのあるダンスと選曲、ビジュアルセンスで90分のノンストップ作品にまとめた意欲作である。何より素晴らしいと思ったのは、古典作品においても、ともすれば無疑問に安直な対立構造で描かれがちな「白」と「黒」を、それぞれ「ある強烈な個性」として捉えながらもけして対立的には捉えず、それをダンスで(しかもストリート系のダンステクニックを軸に)表現しようとしたことである。いわゆる「白黒つける」という言い方があるが、「白黒なんかつけられない」「つけようとするとウソになる」「ホントは白でも黒でもないコト」という、ある種リアルな曖昧さに“表現”というカタチを与えることは簡単なことではない。特に、クラシックやモダンのテクニックの用いられ方と違い、時には繊細なストーリー性や表現には向きにくいとすら思われがちなストリートダンスのスタイルをここまで「語れる」スタイルに昇華させたことには並々ならぬ情熱を感じる。チームやスタッフがまさに一丸となって作品に取り組んだ賜物であろう。

I嬢はとてもかわいい人である。外見もそうだが、内面的にもとてもチャーミングな人だ。ダンスに対しても、職業としてそれをすることが妙な「慣れ」にならないようにと、人一倍神経を配って取り組む人である。それゆえに悩みも深くなることがあり、こちらのレッスンでも身体そのもののこともさることながら、話はダンスのこと、ものを創るということ、人間関係の話など多岐に及ぶ。うっかりすると、からだの使い方と関係のないことを漫然と聞いているように見えるかもしれないが、彼女とのレッスンの場合、それが全て「からだ」の問題に還元される手ごたえが深い。
何事かに真剣に向かい合う人を前にするたびに、私なりに繰り返し思うことがある。それは、自分にふさわしいからだの使い方を学ぶ意義は、あくまでも「したいことをする(できる)」ためであって、けして「正しいからだの使い方から逸脱する行為をしてはならない」と個人を規制するためのものではない、ということである。「正しさ」は力になってくれるものだけれども、間違いを恐れる気持ちや「正しいことをするべきだ」という気持ちは、一歩間違うと創造性の逆を行くものになってしまう。ただ「したいことをする(できる)」パワーの維持や継続性は、無鉄砲さやラッキーからだけでは生まれない。情熱に任せて無茶苦茶な「からだの使い方」をしていたのでは結局したいこともできないうちに、まいってしまう。そこに「からだ」を学ぶ意味はある。「からだ」は時に暴走する「情熱」や「意思」のアンカーでありながらその表現媒体でもあり、冷静に自分を見つめる一つの視座でもある。
本番前のI嬢の体は疲労の局地。本人も「午前2時くらいまで稽古場にこもって(メンバーと作品を)詰める日もあります」といっているわけだから、無理もない。身体的にはハード。でもそれを理由に稽古を控えろとか、身体をいたわれという気はしないのであった。なぜなら、この作品のお稽古がいかに充実したものであるかは、彼女の身体からびしびし伝わってきたからである。しかし疲労がつのれば、いかに充実しているとはいえ、動けなくなってしまう。そのあたりの見極めをどうするのかが毎度悩ましい。彼女にはそのあたりのことを忌憚なく伝え、本番へのエールとしたわけだが。

でもやはり素敵な作品は、よい。素敵な生き方をしている人は、素晴らしい。見ていていろんなものが活性化される気がするもんね。
ますますがんばっていただきたいと思うのである。

カテゴリー

月別アーカイブ