えこひいき日記
2008年1月12日のえこひいき日記
2008.01.12
「からだの使い方」などというものを教えていると、人が有するいろいろな「勘違い」に突き当たるときがある。そのひとつ(にして、強力かつ根強い「勘違い」)が「一般化」ないし「絶対化」である。「これさえしておけば大丈夫、というからだの使い方や注意点はありますか?」という問いかけがそのひとつだろうか。
回答は簡単。「ない」。あるいは「それは人による」ということになるだろうか。
その個人の生活状況や思考および嗜好によって、陥りがちなパターンは違う。「私はついついこうなりがちだから、ここに気をつけておこう」という、自分なりの注意点を把握しておくことはその人にとっては大変有益だが、それがほかの人にも当てはまる注意事項とは限らない。だから私は多くの時間、ワークショップや講演ではなく個人レッスンに費やしている。「なにをすべきか」にばかり気をとられるのではなく、「今自分はなにをしているのか」を把握し、その上ですべきこと、しなくてもよいことを判断すればいい、ということを言い続けている。
「注意すべきこと、大切にすべきことはその個人によって違うんですよ、なぜなら・・・」ということを説明すると多くの人がわかってくださるにもかかわらず、「自分だけに当てはまることではなく、多くの人に当てはまることのほうが、自分に当てはまることよりも自分にとって正しい(?)のではないか」というような「一般化」思考(嗜好?)は止むことがない。「そうですよね、人はそれぞれ、私は私」と言っていた人がちょっとしたことがきっかけで「これでいいんでしょうか。まともでしょうか」などといってきたりする。要するに、不安にさらされると人は簡単に今の「自分」を否定するらしい。困っている自分を否定する事で、不安をも終わらせられるというように。でも、不安を原動力にして焦ってもたいていろくなことにはならない。だって、それは焦りや不安から「やらねば」と思っているだけで、本当にそれを「やりたい」と思っているわけでも「する必要がある」わけでもないことも少なくないからだ。
自分が本当に欲しているものを知ることって、簡単ではない。でも大切。
そういえば、先日から数人のクライアントさんとイチローさんの話をする結果になった。直接にお会いしたこともない方のことを話題にした話をするのはどうかとも思うのだが、レッスン中のひとつのエピソードとして、ご容赦いただきたい。
新春の特別番組でイチロー氏の密着番組があったそうだ。人気のある番組の特別版だったので、ご覧になった方も少なくないのではないだろうか。あいにく私は拝見していなかったのだが、彼のファンであるクライアントさんたちが相次いでその番組を見ての感想を話してくださった。ものすごく「意外」というか、印象的なことがあって、どうしても私に話したかったらしいのである。
大変乱暴ながら、多くのクライアントさんが私に話してくださったことをまとめると、彼らが「意外」と感じたのは次のようなことらしい。「イチローさんの日常はふつうすぎる」。例えば、決まった時間に決まったメニューのトレーニングをし(そのメニューもけして奇抜なものではない)、お昼はずーっと7年間毎日奥様の作ったカレー、といった具合。
それを「意外」と感じるココロを別の言い方に翻訳するならば、こういうことだろうか。「大リーグという大舞台で、毎年記録を更新し続けるような天才、スーパースターなんだから、どんなスーパーな練習方法や生活を送っているのかと思ったら、ウルトラ・オーソドックスな練習方法とびっくりするほど変化のない生活パターンしか送っていない」。もしもイチローさんが星飛馬もびっくりみたいな「驚きの練習方法」とか「イチローのパワーの源はこれだ!」みたいなノリで奇想天外かつゴージャスな食生活や未知のサプリメントなどが紹介されたのであれば「なるほど、やっぱりなぁ、凄い人はやることが違うよなぁ」と納得したのかもしれない。しかしながら番組で紹介されていた彼の日常はそうではなかった。豪快というよりは、どちらかというと地味だったのである。さらに言うと「それだったら自分にもできそう(あるいは、すでにやったことのある)ことが含まれている」ことがあって、それもまた腑に落ちないのであろう。自分と全然違うことをしているわけではないのに、どうして自分はイチローではないのか。自分とイチローが違う人間であることは知っているのに、その違いがどこにあるのか、何による違いなのか、明確に見出せなかったことがまた「意外」だったのであろう。
でも私はその話を聞いて「イチローさん、凄い」と思った。「それ」ができることが。ウルトラ・オーソドックスなことを本当にきちんとやる(できる)のがどんなに難しいことか、私なりに知っている。単に傍目に失敗していないとか、特に破綻なくできているようにみえればいい、というレベルではなく、本当に「それ」をする、というのは大変なことなのだ。特に平易に見える動作ほど、実は誤差の許容範囲が大きくて、正確に行うのは難しい(だから人は気がつかないうちに変な姿勢になることができるし、無理な動き方で日常を生きることができたりする)。その違いを感じ取る感受性を育てることも一朝一夕ではなしえない。しかもただのルーティーンワークとしてメニューを「こなす」「ながす」のではなく、真に必要性を感じてそのメニューを続けることができるというのは、並大抵のことではない。自己信頼も必要。でも単に「信じる」「疑わない」「行為の慣習化」というのでは妄信に陥ってしまう。危うくも鋭い日常。それを続けること、続けていけるということ。凄いと思った。
でも同時に、「意外」といいながら、クライアントさんたちは本当は意外でもなかったんじゃないかな、と思う。本当はどこか「やっぱり」だったんではないだろうか。
必要なことを必要なだけやる。そのこと以外に「練習」の意味なんかないことは、ここに来てくださっている方ならお分かりだったりするからだ。練習やトレーニングは、「それ」が自分にとって必要だからやるだけのもので、やればいいものでも、やらなくちゃいけない決まりごとだからやるものでもない。
しかしながら一般的に「練習とは何をすることなのか」が誤解されやすい。特に希望とも不安とも慾ともつかないような状態にさらされると、人は「アクマのササヤキ」の洗礼を受ける。今の自分がなにをしているのか、何がだめなのかも確認しないうちから「こんなんじゃだめじゃないのか」「なんとかしなきゃいけないんじゃないか」とあがき、「なにか秘策はないのか」と「抜け道」を探したり、「だって仕方がなかったんです。わたしのせいじゃない」と「いいわけ」を探したり、これ見よがしに自分をいじめることを「がんばること」のように勘違いしてしまいそうになる。そういうことって珍しくはないけれど、かえってドツボにはまっていくことが多いから、やめたほうがいいと思う。そんなことするくらいなら、何もしないで、目を閉じて、深呼吸して、目を開けて、見えてくるものを見る覚悟をしたほうが、ずっといい。
だから日ごろの「練習」が大事なのだ。「いわゆるテクニックの半分上は、実はコンディションのような気がする」ということは、私のクライアントさんには申し上げていることだが、どんな大技でも小技でも、できるときはできるしできないときはできない。投げて言っているんじゃない。できるのは、できるコンディションが整っているからであって、無理やりしでかすからではない。だから、「できる」コンディションを整え、知っておくのが、自分にできる努力であり、「練習」でもある、と私は思っている。無理やりしでかしてできたことは、ラッキーとかセーフとは呼べても、実力とは呼べない。自分がなにをしているのかもわかっていないくせに、意気込みだけで乗り切るようなギャンブルを、試合やら本番やらのたびにやっているようでは埒が明かない。
だから、一見地味すぎるような基礎トレーニングを毎日重ねることが「重要」といわれるのだ。それは、何かができないから練習しているわけではない。あるいは対外的にストイックさを装ってのことでもない。どんな小技の中にも大技の中にも、共通して登場する基礎的な動作を通して、できることの、出来具合をチェックしているのだ。見つめているのは自分自身。同じメニューだからこそ、昨日と今日の違い、今日の自分がわかる。わかって、今日の自分に何ができるのか、何をどのくらい調整すればいいのか、目安にする。「今日の自分」がみえているから、結果的に安定した体調や実力が保ちやすくなるし、その上へのチャレンジもしやすくなる。コンディションは「変えない」という意味でキープしているのではなく、細やかに変えてキープしているのだ。
そんなあたりまえのこと、私も言っているけど、イチローさんも言っていたみたいだし、『のだめカンタービレ』でだって言ってる。(先日、新春のドラマスペシャルをみていたら、「人のことは気にせず、自分の音楽に集中できれば大丈夫!」って言ってた。「できれば」っつーのがみそよね)
言葉はすでにある。気づくチャンスもいっぱいある。あとはどのタイミングで身にしみるかが問題。
なので、私が教えていることを「手抜きしてうまくなれるハウツーもの」のように勘違いしている人がいたら、どうか認識を改めてください。ときどき、ワークショップにしか参加してこないような人たちの中に、いるの。本当は何もする気がないくせに、出てくるだけで何かやったような気になっている方って。必要なことをまともにやることを「めんどくさい」と思うような方、ものごとを考える気のない方、どうか来ないでくださいませ。キャンセル待ちの方に席を譲ってあげてね。
それ以外の方はもちろんWell comeです。今年はまずは福岡ワークショップ。皆さんにお会いできるの、楽しみです。