えこひいき日記

2009年5月7日のえこひいき日記

2009.05.07

いわゆるゴールデンウィークも終わり、本日から通常業務。私も4日間お休みをもらったが、どこにも行かず書き仕事に苦しんでいた。

ところで昨今世を騒がせている新型インフルエンザ。先日ドラッグストアに言ってみたら、本当にマスクが売り切れていた。すごい。幸いなことにまだ国内で感染者は発生していないようだが、この速やかな防衛意識から察すれば、仮に感染者が発生したとしても高度に感染の抑制が可能ではないかと思う。すごいことだ。
一方で、過剰な防衛意識はいかがなものかと思う。新型ウィルス、ワクチンはいまだ開発されず、と聞くととても怖い印象を受けるが、予防対策は一般的なインフルエンザと変わるものではない。基本的な手洗い・うがいなどが最も効果的な予防策である。それにタミフルやリレンザという既存の薬もちゃんと効くという。毒性も強いものではないともいうし、変異して強毒性のものになる可能性もないに等しいとも聞いた。
新型ウィルスの蔓延はきちんとした対策を怠らず、阻止すべきものだが、一方で「感染したら即死ぬ奇病」のような扱いをすべきでもないと思う。それって、もう情報を見ていない。自分の中の不安や恐怖しか見ていない状態だ。

ついつい不安に基づいて反応してしまうのが一般の人(?)ならいざ知らず、なんと、発熱のある患者を病院や医院が診療拒否する、という事態があったというから驚いた。悪いけど、
ばっかじゃないの、
と思う。医者だろ、あんた・・・と絶句したくなる。
好意的に解釈すれば、何らかの理由で(つまり「発熱云々が直接の理由ではなく」)診察が出来ない状態にあったのかもしれない。ただ、ニュースで聞くところによれば、「国際空港に勤めている」「外国人の友人がいる」と告げた途端「診療拒否」、というケースもあったようだ。その病院にいく前に、ちゃんと厚生労働省などの相談ダイアルに相談して、大丈夫だから一般の病院にどうぞ、といわれたにもかかわらず、である。「(あの病院に新型ウィルス感染者が居た、というような)風評被害などを気にしての行動ではないか」というが・・・。事なかれ主義、わが身かわいさ、という、誰の心にも多少あるココロが働いたにせよ、この医師の医学的知識や情報はココロの迷いを優先させるほど貧しいレベルだったのだろうか。

何も、医師という仕事をもってして「無条件に人に奉仕せよ」などと言うつもりはない。その職業や技量が、いわゆる「役立つ」ものであればあるほど、時に酷使され、搾取される側面があることを、私なりに認識している。例えば、プロの歌手や演奏家が、私的に街を歩いているようなときに見知らぬ人から急に「歌って」とか「弾いて」とか言われて、断ると、「なんや、けち」みたいな捨て台詞を浴びせられて、すごく悲しい・・・というようなことって、意外とあるのである。
(本当に「けち」なのは、持っている人から無条件にもらえて当たり前、と思っている人のココロのほう、という気がする。そういう人は、特異な技量を持っている人を羨ましがって入るが、敬意は持っていない。相手に褒め言葉や称賛を投げかけてはいても、言葉通りの意味ではなく、相手にゆるい嫉妬のような感情を抱いたままの、自己評価の低い状態にあるように思う)
だから、「医師だから人の役にたつことを常に行うのが当たり前」「いつでも誰でも診るのが当たり前」などというつもりはない。
でもこの場合はどうなんだろう。
断った医師自身にとって、「プロ」ってどういう意味をもつことなんだろう。その人は、自分の「技能」や「個性」が「誇り」・・・とまではいけなくても、それを自分のアイデンティティとして認めているのかな。それとも、ただの「重荷」なのかな。

ふと、「出世なんかしたくない、責任でてきちゃうから」という意見の子どもが増えている、という話を思い出してしまった。出世云々はどーでもいいんだけど、「責任負いたくないから」というのには引っかかるものを感じる。それって、したいことがない、ってこっとよね。したいことして、人の批判にさらされるかもしれないのが怖い、ってことよね(でも、自分がどう思っているかを言いもせずに、誰かの陰に隠れたり迎合するような態度ばかり取るほうが批判の対象になると思うんだけれども・・・)。
「個性を持つことを恐れる子どもが増えている」という話も聞く。私のところに来る人たちの中にも「答えだけ教えてください。正しい答えを」という人はいる。「自分で考えてみて。そうしないと分からないから」というと「突き放された」と反論し、質問すると「非難された」と感じてしまうコドモは、確かに居る。
他者と違うってことは、他者と敵対するってことじゃないんだけどな。
平和、ってなんだろ。
なんだか妙に考え込んでしまった休日であった。

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