えこひいき日記

2010年6月28日のえこひいき日記

2010.06.28

私は普段、「個人」に向き合う仕事をしている。大げさな言い方かもしれないけれど、レッスンのときは「目の前の人しかこの世に人類はいない」くらいの気持ちで集中する。つまり、目の前の個人を誰かと比較したり、頭の中に無意識に描いてしまいがちな予想や理想と比べたりするのではなく、「目の前のその人を見る」ことをする。
そういう目で人を見ていると、いろいろ見えてはいるものの、「見えているもの」が「わかること」「言語化して共有しやすいこと」ばかりではないこともわかってくる。「これは一体何?」というようなものも山ほど見える。でも、「わからないから」といって「見えないこと」にしてしまうことは、私にとって「見ている」とはいえないことだ。つまり、「わかるものだけ見る」のは本当には見えていないのと同じなのである。
「わからないもの」も含めてその人を見ていると、逆にクリアにわかってくることがある。逆説的だけど。
だいたい既に「わかっている」ことだけで答えが導き出せるなら、こんなとこまでレッスン受けに来る必要ないじゃん、と思うのだ。自分の「わかる(わかっている)(わかっているつもり)」の外側にあるモノを見る。見つける。そして「外側」だと思っていたものも実は自分の一部であることを知る。それが他者を介入させてまで受けるレッスンの意味だ。

そういう普段の仕事の仕方と、講演やワークショップとは異なる。目の前には一人以上の人がいて、それぞれのテンションでこちらを見ている。普段「ひとり」に集中するやり方でその「それぞれ」に対すると、なんだか色とりどりの海の中に放り出されたような気分になる。だから、得意か苦手かといわれたら、講演は苦手である。でも、この講演はなぜか楽しみであった。敦賀の気比中学での講演である。
最初はPTAのご父兄方と教員の方々向けの講演だったのだが、学生の中にも「聞きたい」と言ってくれる人が出てきて、嬉しくなって許可を出したところ、結局、運動系のクラブ活動などをしている学生も相当数混じることになった。当初、保護者や教員という「おとなむけ」の話に焦点を合わせて話すことを考えていたのだが、中学生も参加してくるということになって、話の方向をどうしようか迷った。が、あえて「○○向け」という焦点を作らないことに決めた。立場か違っても、年齢や性別が違っても、共通すること。それを話してみようと思った。言葉遣いも、あえて「中学生向き」にするのを止めた。「わかりやすさ」や安易な共感を狙うことで矮小化されてしまうものを作るよりも、仮に聴きに来てくださった方にとって難解に思えたとしても、自分にとって自然で本質的と思う言葉を使って話してみよう、と思った。
結果的に、講演はなかなかの盛り上がりをみせ、終了時間を30分近くも超過して終了した。
それで何が伝わったのかは分からない。講演者の私としては、つい「伝えきれなかったこと」の多さの方が頭に浮かぶ。それでも、「何か」になってくれたらうれしい。

講演などという「普段しない仕事」をしてみると、逆に自分の「普段」のなんたるかが見えてくる。私には「えぇ、そこが新鮮なのぉ?!」と思えることが聴きに来てくださったには新鮮だったりとか。でも後から考えると「なるほどね」と思えたりする。
意外さとは、違和感であり、発見でもある。私の感想だって学校側の方にとっては「え、そこ?!」って話かもしれない。私にとって講演をしてみて嬉しかったこと、よかった、と思えたことは、学校という一つの共同体を囲む「先生」「生徒」「保護者」の関係の中に、いつもとはちょっと違う「発見」があったかな、と思えたことだ。
例えば、ある教員の方がこんなことを言っていた。「運動部の連中は、普段、30分も人の話をじっと座って聞いていられないんですよ。でもこんなに熱心に聴いているなんて」。また、別の保護者の方もこんなことを言っていた。「この生徒さんは、いつもこんなことばかりするから“そういう人なんだ”と思っていたけれど、そうじゃない一面があるんですね」
同じ共同体に属し、これからも続いていく関係の中で、ポジティヴに「意外な一面」に出会う機会はありそうで、とても少ない。意外性は敬遠され排除されがちだし、仮に直ちに排除されなかったとしても、既存の一面的な印象が強くて他の印象を受け入れられないことも多い。
だからこそ「同じ人の、違う面に出会う」、しかも共同体にとって破壊的なニュアンスではなく、新鮮な可能性として出会う、っていいなと思う。「人を見る眼が変わる」って、いい。それは観ている人が、自分の中にある新たな「視力」を発見することでもあるし。
共同体がいいカタチで存続していくためには、必要だと思うんだよね、こういう「同じ人や事の、違う面に喜んで出会える」感じ。一人の人間の中でもね。

会場を出て送ってくださる役員さんの車に荷物を積み込んでいると、帰りかけていた学生さん数人が引き返してきた。なんだろな、質問かな、と思ったら、何も言わず、とっても微妙な表情で会釈してくれた。その様子がとても正直な感じがして、変にきちんとした御礼をされるより心がこもっている感じがした。
私の仕事も案外捨てたもんじゃないな、とか思う。

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