えこひいき日記

2001年4月23日のえこひいき日記

2001.04.23

考えてみれば昨日は、泣いたり笑ったりが激しい一日であった。「悲しいこと」と「嬉しいこと」がいっぺんに来ちゃった。でもどちらも、あってよかったことのように思う。

「悲しいこと」は、去年11月に逝った私の「むすめ」(猫)の納骨式。亡くなってすぐお骨になり、ずっと実家にいたのだがそれを寺に収め散骨する日である。別に式が悲しいわけではないのだが、骨になっても分かれるのは辛い。特にこの猫は、ニューヨークからつれて帰ってきた私の「かたわれ」でもあり、彼女と暮らした日々を思い出すにつけ、もうとっくに泣き尽くしたはずなのに涙が出てくる。
でもこうしてお経に送られ(ニューヨーク生まれの彼女にはわけわかんないかもしれないが)花に囲まれ、祭ってもらえるのはやはり「嬉しいこと」でもある。最後にこころから「ありがとう」と言ってお別れが出来た。

考えてみれば、キリスト教圏では「人間以外は魂を持たない」ので猫に対しては葬儀もなければ墓もない。イスラムやヒンズーでは人間にもお墓はないけれど、ヒンズーでは人間も動物も等しく葬送はある。
ニューヨークに住んでいた頃、彼女の前にごく短期間、シャムネコの子猫が家にいたことがあったのだが、そのこはあっという間に死んでしまった。京都に住んでいるのなら土に埋めることが出来るのだが、アスファルト・ジャングルのマンハッタンではどうすればよいのかわからなくて、ビルのドアマンに相談した。そうすると彼はこともなげに「生ごみとして捨てるしかない」と言ったのだった。断っておくが、彼はけしていじわるでそういったのではない。彼は「sorry」と哀悼の意を表してくれた。ただ、これが「ここ」(キリスト教圏の?アメリカの?ニューヨークの?)の「やりかた」、彼なりの「常識」だったのだ。
「郷に入っては郷に従え」と言うし、私なりに異文化をリスペクトしてきたつもりだが、私はこれには従えなかった。んで、どうしたかというと動物愛護団体の経営する病院を見つけて遺体を引き取ってもらった。「葬儀」ではなく、ただ箱に入れた遺体を渡しただけである。受付も何もない。それでも、「生ごみ」扱いよりはずっと「従える」。

ネリノ(11月に死んだ猫の名前)がニューヨークで死んでいたら、私はどうしていただろう。同じやり方で納得できただろうか。わからないけれど。

しかし動物の法要の風景はなかなかすごかった。お坊さんは3人がかりで「施主〇〇(人間の名前)、奉る霊は愛犬〇〇(犬の名前)~、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とノンストップでお経を上げつづけているし、お参りの人はひっきりなしにやってくるし、その顔ぶれも、老齢の方もいれば小さい子供を連れた家族もいるし、金髪のおねえちゃんやおにいちゃんもいる。こういう顔ぶれが一堂に会する機会も、考えてみればないかもしれない。犬を抱きかかえてお参りしている人もいるし、寺も「どうぞどうぞ」と勧めてくれる。
そんな光景を見ていると、ぼろぼろ泣きながらも、死んだらまたみんなと会えそうな気がしてきて、嬉しくなってきてしまった。にぎやかなあの世。そこには私が食っちゃった牛や豚や魚も一緒にいるかもしれないし、むこうで怒られるかもしれないけれど、人間だけが隔離された天国に行くよりずっと楽しそうな気がして、死ぬまで生きていみる勇気が湧いてくる気がする。

法要のあと事務所に戻って少しデスクワークをしたのだが、ちょっと放心状態だった。泣くのって、体力が要る。

その後夜9時を過ぎてから急遽、明日ロスに帰る友人のアートアドミニストレーターと、彼女がロスでプロデュースしたCというグループの日本人ダンサー、K氏とF氏のお二人と、もうひとり友人のアートディレクターとで会うことになった。ダンサーのお二人とは舞台の客席でお目にかかる(というか私が一方的に観てるんだが)以外では初対面で、舞台でもすてきだったけれどお話してもすっごく楽しかったので、舞い上がってしまった。
多分、この頃には感情のメーターの針が振り切れちゃって、挙動不審に陥っていた気がするんだが、けっこうくたくただったので、よくわかんない。

という、ジェットコースターのような一日だったのであった。
今日もまだあたまのどっかが放心状態のような気がしないでもない。ああ、つかれた。

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