えこひいき日記

2003年7月17日のえこひいき日記

2003.07.17

今朝東京から帰ってきた。ハイウェイバスを利用するのはこれで2度目だったが、以前利用したのは東京駅発で朝の6時前に京都駅に着くやつ。今回は新宿発で朝7時くらいに京都に着く。こちらのほうが目覚めのリズムとしてはよいみたいだ。バスの隣にいた壮年のご夫婦がよくしゃべる人たちで、物音に弱い私はときどき眼が覚めたりはしたが、基本的に眠れたと思う。
京都は本日、祇園祭の鉾巡行。事務所の周辺はいわゆる「鉾町」になっているので、昨日の宵山の人出で出たごみや汚れの掃除をしている人や、巡行に備えて準備に余念のない人たちが早朝から働いているのを目にした。考えて見れば、日本に帰ってきてから祇園祭の季節に京都を離れたのはこれが初めてだったが、なんとなく、そのような風景を目にしてほっとしているのだった。

昨日はJ&Mの東京公演。二日目にして千秋楽の公演を観にいった。上演前に楽屋に行って、すこし話をしたりして、私は客席から本番を拝見した。昨日もそうだったようだが、客席は満員だった。
前にも書いたが、彼らの作品は、いわゆる超絶技巧的な見せ場が用意されているようなダンスではない。ある種淡々と、しかし低周波的緊張感のあるダンスが続く。これは一歩間違えると非常に「危険な行為」である。だってちょっと間違えると、あっというまにつまらなくなるのである。「名人は危うきに遊ぶ」というが、彼らのダンスはそういう意味で非常にアブナイ。そのぎりぎりのラインを淡々と、おかしみと、シリアスさと、ある種切ないような感じを交えつつ、1本の糸でつないでいく55分間。観客の視線をひきつけるのは、アクロバティックな身体技法でも、視覚的インパクトでもない、その淡々とした緊張の糸だけである。
公演はとてもよかった。スタンディング・オーベーションや「ブラボー」の叫び声で「発散される熱狂」ではなく、彼らのダンスによく似た淡々とした内部に侵食する熱狂が観客からの拍手となって続いていた。

バスまでの時間を持て余した私は、打ち上げにも誘っていただいたのだが、どうもやっぱり場違いな気がしたので、失礼して新宿に逃げた。とはいえ、知っている店などあるわけでもないし、お腹もすいていなかったし、スタバでコーヒーという気分でもなかったので、パークハイアットの最上階でベリーニを飲むことにした。本当はミモザが飲みたかったので(でもなぜかメニューから消えていた)ちょっと残念だったが、シャンパンのカクテルはやはりおいしい。桃のリキュールは甘く、彼らの公演の成功を新宿の夜景に向かって祝った。
このバーはぼんやりと夜と夜景を楽しむにはなかなかよい。そういえば、一人でゆっくりお酒を楽しむなんて、しばらくなかった。最近お酒やカフェインに弱くなってきているからこともあるのだが、「ひとり」になれる時間や場所が減ってきているのだと思う。とはいえ、そういう時間は(極端になくなると私は破綻すると思うが)やたら沢山あればよいというものでもない。つまり質の問題なのかもしれない。「孤独」や「孤立」や「他者からの遮断」や「逃避」ではなく、オープンな気持ちで「ひとり」でいられることは、幸せなことだ。その気分のよい「ひとり」の時間を支えてくれているのも「暖かく無関係な他者」・・例えば、お酒のサービスをしてくれるウェイトレスさんや、バーまで案内してくれたコンシェルジュや、私をホテルまで運んでくれたタクシーの運転手さん・・「他者」の存在によってだと、私は知っている。もちろん「無関係」な人ばかりではない。今日の舞台を見せてくれたJ&M、それを支える素晴らしいスタッフの方々、客席で会ったクライアントさん・・・そういう人たちがいてくれるから、私は気分よく「ひとり」でいられるのだろう。
持参したノートパソコンの調子の悪さにいらいらしながらも、そんなことを考えた夜であった。

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