えこひいき日記

2006年2月21日のえこひいき日記

2006.02.21

私のところに通ってくださる最年長のクライアントさんの一人は和歌山からお出でになる女性である。うんと年上の方(80代後半)にこんなことを言うのは礼を失するところがあるかもしれないが、実にかわいらしい方でなのである。どこか快活な少女のような雰囲気のある方なのである。
私のところにお出でになるようになって3年弱になるが、最初にお会いしたときには後姿だと「首がない」ように見えるくらい、がっくりと首が前方(下方)に曲がり、本人も「首が取れそうなくらい痛い」と訴えておられた。これは長年にわたる首の使われ方による変形なので、今なお首の形状はすっかりまっすぐになったとはいえないものの、機能面での回復は上々で、首の痛みはかなりおさまり、趣味(というよりライフワーク)である手芸に費やす時間も結局減らさないで改善をみることができている。昨年はブラジルにも渡航されたし、とにかくアクティブなのである。

とはいえ、レッスンで得ていただくことによって何もかも無条件に良くなるわけではない。世間的に言われるところの「年相応の」危険は彼女にも訪れる。例えば駅の階段から足を滑らせて転倒し(階段の下まで転げ落ちてしまったのだという)「レッスンにうかがえません」と連絡が来たこともあった。先日もちょっと重いものを無理して支えたら腰に痛みを感じ、外科に行ったら「少し骨がずれていますね」と言われたそうだ。
階段から転倒することや重いものを持って負ってしまう損傷は必ずしも年齢だけに由来するリスクではないが、年齢に伴って高まるリスクであることも否めない。ただ、転倒や損傷の確率をゼロには出来なくても、そこからの回復やこけ方に関することには貢献できることもある。彼女の場合、階段の上のほうから転げ落ちたにもかかわらず、骨折はなかった。打ち身はあったもののあとは表面の擦り傷くらいで、周囲が最も心配した骨格への損傷がなかったことには驚かれたそうだ。先日の腰痛も結局3日ほどで大きな痛みは引いた。異例の回復の早さだと周囲にも言われたという。

先日の腰痛の時のことである。初診の検査のときは慌しい診療で「どういう状況か」は医師から聴けたものの「回復のためにどのような注意をすべきか」については十分話を聞く時間が持てなかったことに少し不安を感じたこともあって、次の診療のときに彼女は「秘密兵器」を診療室に持ち込んだのであった。彼女の「秘密兵器」とはスケルトンモデルである。うちから購入していかれた1体だ。いそいそと毛布に包んだスケルトンを抱きかかえて持っていったらしいのだが、小柄な彼女が毛布に包んだスケルトンを抱えている姿を想像するだにかわいらしい(多少シュールともいえるかもしれないが)
医師は大変驚き「どうしてそのようなものを持っておられるのですか?」と質問してきたという。自らスケルトンモデルを持ち込んだ患者というのは彼女が最初らしい。今後もこの記録が破られる気がしないが。「からだのお勉強をしに、京都まで通っておりますので」としばし説明すると「それはすごい」と感心されたそうだ。持参のスケルトンのおかげで、彼女は的確に損傷箇所を把握し、注意事項を聞くことが出来たという。

「この“お人形”(スケルトンモデル)を見ていると大変勉強になります」と日頃から彼女はおっしゃっているのだが、ここのレッスンのことも彼女は「お勉強」と呼ぶ。ここでのレッスンは「秘密のお勉強」らしい。
先日も、同窓会の席で彼女がいったい何を習っているのかが話題になったのだそうだ。というのも、同窓会で顔を合わせるメンバーの中では昨年までは自分で歩いていらしたのに今年は車椅子での参加、車椅子で出席していた人が今年は起き上がれないということで欠席、などということも珍しくない。そんな中で彼女一人が曲がっていた首が伸び始め、ますます元気なので「どうしたの?何かなさっているの?」と度々聞かれるのだそうだ。彼女は「ふふふ。秘密のお稽古をしているのよ」と答えているらしい。「秘密のお稽古」とはぐらかすような返事をするのは「本当に興味がおありなら、また聞いてくるでしょうし、自分でもお調べになるかもしれないから、そうしたらこちらのことを教えて差し上げようと思うのです」という彼女なりの段階的配慮である。また、このレッスンの内容が極めて個人のニーズや個性に即した進め方をするものなので、画一的に説明してしまうことの危険性(本質的な説明から遠のいてしまう)ことをよくお分かりだからでもある。

「なかなかおっしゃることが身につかず、申し訳ありません」「もっと早くこう言う勉強を始めればよかったわ」とことあるごとにおっしゃる彼女だが、彼女を見ていると本当に「始めるのに遅い時機などない」のだということがよくわかる。私こそ勇気をもらうひと時なのである。

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